スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

“第2回ゆるゆる瞑想の会(葉山)”のお知らせ

去る10月13日と14日との二日間にわたり葉山で
行われた「ゆるゆる瞑想」の会は、二日間で40名
の参加者があり、盛況のうちに幕を閉じました。

前回はシャンタンのワークショップでは初めての
試みとして、シエルさんを迎え、メッセージをお
ろしながら進められたことがきっかけとなり、新
たなウェーブが、葉山から起こりました。

そして、葉山を起点(基点)に全国ツアーが決定と
なり、大阪、岡山、広島をすでに終え、これから
熊本、札幌を回り、再び葉山にて開催される運び
となりました。

ちなみに葉山の「ハ」は、ひらく(発)という言霊で
あることからすると、ここから何事かが起こるとい
う土地柄だったのかとも思えてきます。


さて、次回開催予定日は12月の6日と7日になります。

今朝、シャンタンからいただいた電話で伝えられたメッ
セージは「いま、宇宙的な脱皮の時」というものでした。

場所やアクセス、持ち物などは、つぎのとおりです。
前回とあまり変わりはないですが、冬に近づき寒くなっ
てまいりましたので、暖房が入ります。詳しくは以下を
ご覧下さい。



◆開催日時および場所 

12月6日(木曜) 一色会館

・昼の部◇13時15分開場 13時45開始で16時45分まで 

 軽食とお茶のタイム  17時から18時まで 

・夜の部◇18時-21時

12月7日(金曜) 堀内会館

・昼の部◇13時開場 13時半開始で16時半まで 

 軽食とお茶のタイム  16時45分から18時まで 

・夜の部◇18時-21時


◆会場へのアクセス

 
[1]葉山・一色会館(12月6日)

JR逗子駅前から京急バス利用。所要約20分。(2番乗り場・山手回り。長井行き、横須賀市民
病院行きなど系統多数(逗2,逗4逗5,逗6,逗7)あり。 http://moriyamasha.jimdo.com/アクセス/

 旧役場前下車(セブンイレブンそば お寺の門から入って左奥の廃校
のような木造二階建てが一色会館)
http://moriyamasha.jimdo.com/一色会館/

もし、海岸回りのバスに乗ってしまった場合は、御用邸の前で降りて
ください。そこから徒歩で5分程度です。大きなT字路の交差点をバス
の進行方向(長者ヶ崎、秋谷、横須賀方面方面)に直進せずに左折し、
郵便局、鴫立亭の前を通り、森山神社をめざしてください。

http://shigitatsutei.web.fc2.com/newpage1.htm ←このページから鴫立亭付近の地図に行けます


※場所のわからない方、遅れて来る方への対処

一色会館の電話:0468-75-8873 
場所がわからないときは、直接会館に問合せても不在の
時もあるので、090-9684-7959までどうぞ。
始まってから一時間くらいは、受付で電話をとります。


[2]葉山・堀内会館(12月7日) 

逗子駅から京急バス利用。
(3番乗り場・海岸回りバス 葉山一色行き元町下車) 

バス停から進行方向に歩いてすぐに左手の細い道を入り、
道なりに歩いてゆくと、会館の裏手にたどり着きます。

※場所のわからない方、遅れて来る方への対処

会館の電話番号は、0468-75-6524です。
場所がわからないときは、直接会館に問合せても不在の
時もあるので、090-9684-7959までどうぞ。
始まってから一時間くらいは、受付で電話をとります。


地図:https://maps.google.co.jp/maps?ie=UTF8&cid=16943114356940649077&q=%E5%A0%80%E5%86%85%E4%BC%9A%E9%A4%A8&iwloc=A&gl=JP&hl=ja


◆参加費: 昼の部 夜の部 各3,000円   通しの場合は、5,000円

1囘3時間として、4回参加(つまり12時間になりますが)すると、本当に
深みに入ってゆくことができるので、これをお勧めしたいとのシャンタン
からの伝言を預かっています。


この場合、4回参加コースの割引価格が、8000円です。

◆ご飯:持ち寄って、シェアして食べます。6日、7日ともに早めの夕食。摂取量は普段の半分になります。マイお箸持参ください。 お茶など、こちらで用意しますが、飲み物は、マイボトル(お水)をお持ちください。

◆持ち物:
○夕食、スナック等(持ち寄り)
○マイ箸
○マイボトル(お水)

○服装は、カラダを締めつけず動きやすいものなら何でも結構です。 

○一色会館については、暖房器具(石油ストーブ三台)が用意されています。堀内会館については、
必要に応じて借りることができます。どちらも大広間(畳)のため、どれくらい暖まるのか正直わかりません。

心配な方、風邪気味の方は防寒対策として、掛物や羽織るための暖かい衣類などをあらかじめご用意ください。

○どちらの会場にも座布団は備品として常備され、前回、各人にそれが行き渡りましたが、その他に各自必要に応じて、横になって瞑想するときに敷くヨガマットないしバスタオル、毛布、などの敷物を持ってきていただいてもかまいません。

○その他 詳細についてのお問い合わせは、以下の連絡先までお気軽にどうぞ。
できれば、前もってお申込のご連絡いただければありがたいですが、当日の飛込み参加でも歓迎です。

090-9684-7959 アカーム(粂潤一) 

kotodamart@nifty.com


●シャンタンからの一言

「ただいま なつかしい未来

  縄文 それはミロクの世

これが ゆるゆる瞑想がめざしている新しい世界を

つくってゆくときの 波動とエネルギーを 

渦のように巻いて 大きな渦になってゆく 始まりのところです」



[シャンタンについて]

1975年にインドの光明を得た瞑想家OSHOに会いに行き、1979年に日本に
帰国した日本人で最初のサニヤシン(弟子)の一人。以後、各地に瞑想セ
ンターを設立。
日本での本格的グループや瞑想グループを多数リードする。
一方、1960年代からアングラの前衛映像作家として活躍。大阪万博
のパビリオンのプロデュース、アンディ・ウォホール展覧会のプロデュ
ース、OSHOの版画を日本で出版するディレクションワークも行う。

その後、環境ビデオの草分けとして、素晴らしい作品を制作。

現在は、人それぞれのカラダや症状にあわせたカウンセリング、治療、
ヒーリングの提供、エネルギー調整を通じてカラダに残っているトラ
ウマやチャージの解放とともに心の悩みからの解放のお手伝いも行なっ
ている。(個人セッション1万円/90分)

【主催者から 初めて参加される方へのメッセージ】
このワークの主眼は、一口にいえば、丹田をゆるめ、ひろげることにありま
す。

現代は物質主義が極みに達した世の中で、日本も残念ながら、隣り近所でも、
表面的な挨拶を交わすだけの関わりになってしまっています。

このゆるゆる瞑想をリードするシャンタンによれば、人と人とがつながりあい、
重なり合って輪になり、癒し合うというのは、一万年も平和が続いた日本の縄
文時代の共同体で行われていた方法だということです。

ゆるゆる瞑想のひとつの型に、全員で輪になって座り、隣りの人同士が前後に
なって、幼い日の「電車ごっこ」のように前に座っている人の両肩を両手で触
れたり、背中や腰に手を当てて浄化の生命エネルギーを流してあげるというの
があります。
いっさいを無言で行い、ただ自分自身の内側のスペースに入って自分のカラダ
を感じるとともに相手のカラダのぬくもりを感じることを通して、皆で一体感
とつながりを感じます。


「人類は進化の過程で直立歩行となり、重い脳みそが詰まったアタマを脊柱の上
に正しくのっける必要が出てきた。それなしには、悟りも何もなく、頭とハート、
カラダがバラバラに分離した状態では妄想や幻想が生まれ、不安や緊張が生まれ
てしまう。エネルギー(氣)と意識をマインドやハートから丹田におろしてそこに
入りおさめることで、カラダにくつろぐことができる…。」(シャンタン談)

独り歩きしたマインド(頭脳)とそれがつくりだす思考と自己同一化したエゴの幻
想や欲望、恐れなどの感情が、人と人とのつながりを遮断し、全体から切り離さ
れバラバラとなった個人が孤独感を抱いて生活しているといった現代の都市に暮
らす私達は、実際にはこうした体験は難しく、ともすればこれと程遠い状態で生
きています。

スピリットとマインドとハートとボディのすべてが調和し、光明体に近づくこと
で命の源とつながった全体性の回復に到ることができます。そして、そうした状
態に到ってこそ、人々はお互いに本当に深いところでつながりあい(もはや西洋的
なリレーションシップ、関係性という概念さえも超えている)、響きあうことがで
きます。

シャンタンは、前回のゆるゆる瞑想の会で、縄文の世にシャーマンだったときに
カラダを通して知っていたことを、今世で再びカラダに眠っていた智慧を呼び覚
ますことにより、「思い出した」にすぎないというお話を皆さんにしてくれました。


頭を使う人、知的な職業についている人は、肩甲骨が亀のように盛り上がり、背中
が丸くなるので、肩甲骨をほぐすためのエクササイズはとくに重要。それをやって
いると、「あなたはかつてそれをやっていたでしょう。今生ではさぼってしまって
いたんですね。あとは思い出すだけだよ」とシャンタンからいわれました。

このワークを受けた人には、かなり浄化や気づきが起きているという報告が来ています。

私もちょうど同じ時期に参加したクリシュナ瞑想会で教えてもらったアナサナパティ
と「空の瞑想」とともに、毎朝、この「ゆるゆる瞑想」をやっていますが、 独楽が軸
を中心にして回り続けるように、インスピレーションに従ってすべての物事がスムー
ズに運ぶようになり、より自己の本質(持ち味)が開顕しつつある感じを味わっています。

このカラダと意識のいい感じが、それらのどちらによるものなのか厳密には区別がつ
かず、シナジー(相乗効果)も起きているかもしれないので、できれば11月26日、27
日に同じ葉山で開催するクリシュナ瞑想会と、こちらのゆるゆる瞑想の会の両方を受け
られることをお勧めします。

◇第1回 ゆるゆる瞑想の会in葉山 の報告
http://kotodamart.blog44.fc2.com/blog-entry-41.html

◆お問合わせ・お申込み先:
mixi: アカームかヴァサンティまで メッセージからどうぞ
090-9684-7959 アカーム(粂潤一) 
kotodamart@nifty.com
スポンサーサイト

テーマ : 展示会、イベントの情報
ジャンル : 学問・文化・芸術

“第1回 ゆるゆる瞑想の会in葉山”の報告

10月13日と14日に葉山で開催されたシャンタンのリードする「ゆ
るゆる瞑想」の会の報告をさせていただきます。

一色会館での集合写真 夜1

それではまず、13日の夜の部(今回は他のパートでも何度か話して
いるはず)だったかと思いますが、シャンタンがしてくれたお話を
想い起こすことから入ってゆきましょう。

シャンタンの瞑想の道の師であるバグワン・シュリラジニーシは、
その生涯に何度か改名した末に、肉体を離れる前にOSHO(和尚)と
いう日本語名を名乗り、それから肉体を離れました。

最期のレクチャー(講話)が『禅宣言』です。
丹田に入る瞑想をOSHO自身がやりました。

丹田に入って行く。深く深く降りて行く…という瞑想を、具体的
にOSHO自らがガイドして行ったのが、最期のレクチャーになりました。

(ここでの誘導瞑想-ガイデッド・メディテーション-とは、講話を
聴いている人々が0SHOに導かれ、彼と共に瞑想に入るという意味)
カッコ内は筆者アカームによる註。以下、同様。


しかも、彼はOSHO(和尚)という名前で肉体を離れます。という
ことは、「日本」を指差している。そして、「丹田」を指差している。
この一点ですべては調(ととの)います。

丹田の中にすべて意識とエネルギーが入ったとき、宇宙の中心と
つながります。

ここが切腹のときの死のセンターであり、生のセンターです。

(呼吸のとき、吸う息と吐く息のインターバル、隙間、息の出入の
まったくないポイントを意識できれば、そこにおいて生死を超え
た次元へとつながる次元間ポータルが口を開けて招いているのに
出会えます)

あの世とこの世、そして宇宙の中心とつながる場所なので、ここ
に入ることが悟るのにいちばんの早道です。

(もともと人間の本体は神の分霊-わけみたま-であり、すでに悟
った存在として、宇宙の中心と直結しているわけですから)

芭蕉の「古池や 蛙飛び込む 水の音」という句は、まさに道元
禅師の「心身脱落(しんしんとつらく)」に匹敵する、マインド
もハートもすべて丹田(古池)の中へと落ちて吸い込まれ、空そ
のものとなった悟りの境地を詠んだものでした。


以上がシャンタンのレクチャー(講話)です。丹田がどうして大事
なのかということを、これほどわかりやすく、しかもこの重要性
がエンライトメントしたマスターのボディを離れる直前の行為に
暗示されていることを示すストーリーの形で興味深く解き明かし
た表現はないと思います。


あらゆる物質的発展を犠牲にし、ひたすら精神性と悟りを求め
てきたインドという国。そこには、何千年もかけたブッダフィ
ールドの光明エネルギーが厖大に貯留(プール)されてあり、
そこからあまたの覚者、エンライトしたマスターが生み出され
てきたということに、シャンタンが注目していることが、今回、
彼と話していてよくわかりました。


そのインドの、地球における、地球の次元上昇(アセンション)
期における役割、天命をになったOSHOが、今回の肉体生活の
ファイルナルチャンスで、死(移行)を前に「日本を指差して」
ボディを離れ、物質の地球からテイクオフ(離陸)したというこ
とは、大きな意味をもつはずです。


この事実に深く着目しつつ、一人のマスターに限定すること
にこだわらず、広く今の地球を守り導いているマスター達の
力を借りながら、人間側でできるかぎりのワークを試み続け
ているのが、シャンタンの特異性であり、お役目だろうと認
識しています。


ところで、インドにおいて「第三の眼」が重視されるのにたいし、
禅のマスター(老師)たちの日本において重視されきたのが「丹田
(ハラ)」でした。

しかし、これらはどちらが欠けても真理を悟ることはできず、
互いに協力して働くもののようです。

第六チャクラ(脳の中心に近い松果体に位置する)と通じる第三
の眼(眉間)が十分に機能すれば、ビジョンとか洞察とか気づき
が与えられます。

マインドが、思考-欲望(メンタルエレメンタル)の奴隷になっ
て引き回されてしまうという凡庸な在り方を超越するには、バッ
テリーに相当する丹田にチャージされたエネルギーが十分に供給
され、第三の眼が開く必要があります。

悟るということは、頭(マインドとの同一化)を落とすということ
でもあります。

私たちの帰る場所は丹田(を扉として宇宙の根っこ、いのちの故郷
に帰る)です。

このことを、シャンタンはゆるゆる瞑想の〈落としどころ〉とし
て、必ずワークの最後でカラダと意識に覚えこませるようガイド
してくれています。


彼は、今回、二つの独楽(こま)を見せてくれました。
秋葉原で百円で買ったというその独楽は、電池のスイッチを入
れると輝き、回すと、さまざまな模様に変わります。

まるでUFOです。

RIMG0553_convert_20121116185123.jpg



それを何回も回して飽かず眺めていると、そうか、これは私
たちがゆるゆる瞑想で座って上半身の根元である骨盤を石臼
と見立てて、ギリギリと上半身を回すときに丹田が軸になっ
ているのと、独楽がその芯棒を軸として回転しているのとと
ても似ているではないか!! 

そんな気づきがやって来ました。



ワークショップでやったことを思い出してください。

意識してゆっくりと自分のカラダを確かめながら回して行く。これがコツ。

決して、無意識に、機械的に、習慣的には、カラダを動かさないこと。

骨盤の中は倉庫みたいで、不要になった悲しみなどがたまっている。
女の人はとくに子宮にこれがある。

悲しみは深い層にたまっているが、この悲しみが日本人を悟りに導く。

シャンタンは、いいます。

「悲しみ、苦しみがあるから、悟りに向かうことができます」

「悲しみは、味わうことが大事。悲しみをなかったことにするのでは
なくて、それとしっかりと向き合って味わうことができたなら、その
悲しみは喜びに変わります」(これは富士聖地の祈りの丘で、
樹海の上にみごとに裾野を広げた富士山を目の前に教えてくれた、カル
キヴァガバンの言葉“悟った者は苦しむ。故に苦しみがない。悟ってい
ない者は苦しみを避ける。故に苦しみがある(だいたいの意味です)”と
いうのを彷彿とさせる言葉です)


不安とか恐れはだいたいハートに関係している。

それから、怒り。これは顎から首にたまる。

これらをまず丹田のほうから、まず深い悲しみを感じたそのことから、
すりつぶし砕く石臼を回すように、丹田、骨盤、腰を回して行きます。

骨盤を開いて行くと、大地、地球からのエネルギーを止めること
なく、上半身まで持ってゆくことができます。

ここをゆるめながら、回してあげることがコツです。

思い切り骨盤、腰をゆるめながら回してあげます。

そして、平面の回しだけでなく、慣れてきたら、縦、斜め、八の字
を描いたりして、自分の中で愉しみながら、体の感覚を確かめなが
ら回すことができます。

ゆるゆるは、オナラフリーです。周りの人は少し我慢してもらい、
オナラが出るようでしたら、出してください。

そして、骨盤をゆるめ、腰をゆるめ、背中をゆるめ、つぎは肩甲骨に
なります。もう一度、肩甲骨が羽のように体から剥がれると、体はと
ても楽になります。

ハートが開き、エネルギーが通って行きます。

肩甲骨が汚れていると、肩甲骨がくっつているからエネルギーがこ
こで止まります。

こうやって、カラダの中をお掃除し、浄化してゆきます。

何のためにそれをやるのかというと、丹田を開くための予備作業を
行うためではないかなと思います。

地球から湧き上がってくるエネルギーをまず両脚から丹田に揚げ、
そこからまた骨盤、腰、肩甲骨を通って、上まで揚げて、頭頂か
ら宇宙へと放つ。
それから再び宇宙から黄金の光が入るとイメージして頭から光を
入れ…とやってゆくうちに、天地と交流し、丹田がゆるみ、開く
ということでしょうか。


ところで、今回のゆるゆる瞑想会は、これまでにない画期的な
ものだったと、シャンタンから聞きました。
そこがシャンタンをして、「はやまでことばにならないほど、
ふかいたいけんがありました」と言わしめた所以(理由)では
ないかと思います。

13日と15日に会場がとれたので、どうせ僕の家に泊まっていた
だく以上は、真ん中の14日に行われる富士聖地での「宇宙究極
の光を降ろす行事」に案内しようと決心しました。

ピラミッド(富士聖地)とシャンタン 圧縮サイズ


以前から海外でピースポールに遭遇し、五井先生に守られてい
ると感じていたシャンタンにそのことを話し、自然の運びで富
士聖地に行くことになりました。

一方、今回初めてシャンタンとコラボレーションすることになっ
たチャネラーのシエルさんは、13日に初めて五井先生の写真を見
て、優しい、精妙なエネルギーを感得し、癒されるという経験を
しました。
そこから、富士聖地に同行することになり、当日は4人(partner
のvasantiを含む)で参加しました。



そして、富士聖地では、シャンタンもシエルさんも、それぞれ
素晴らしいものを受け取り、またエネルギー的にもチャージさ
れてくることができ、15日の葉山での瞑想会に臨むこととなっ
たのでした。


20121015繧・k繧・k迸第Φ繝サ闡牙アア+(4)_convert_20121116184411


こうしたいきさつから、ゆるゆる瞑想の会場に、OSHOの写真だ
けでなく五井先生の写真も持って行こうとシャンタンが提案し
たことから、祭壇に見立てた白布の掛かった台に二人のマスタ
ーの写真が並ぶことになり、さらにカルキヴァガバンの小さな
写真が置かれ、祭壇に一個だけ、食べるにしても、みんなと全
員ではシェアできそうにない紅いリンゴをお供えしました。



これは、本当に画期的なことでした。でも、それこそがあらゆ
る外来の文物を取り込んで調和させ、根づかせるという高度な
ワザを発揮した日本人ならではの「地球平和」のためのお役目
なのではないかと思ったのでした。



ある意味、エゴのレベルでの全体と切り離された個人の思考
とは別に、高次元では同じ目的のために覚者たちが協力して
ワークしていると思われるのは、チャネルの開かれた人には、
次元間をつなぐお役目として、これまでの地球界に出現した
あらゆる覚醒した存在や地球外知性からのメッセージないし
叡智が伝えられるミーディアム(媒体)としても使われる-おそ
らくチャネラーであるとないとを問わず-ということが起きる
のが通例だからです。


ある友人が尋ねている。

なぜ賢者たちは、集団となってともにワークしないのですか?

これはたいへんいい質問だ―真理を知り得た賢者は、なぜグループを
組んでともにワークしないのか? わたしは、賢者は常に共同でワーク
をしてきたと言いたい。

ともにワークしてきたのは、生きている賢者だけではない。
二十五世紀前に死んだ賢者さえも、生きている者を援助していると
付け加えたい。

だから、ともにワークしているのは同時代の賢者だけではない。

それどころか歴史的かつ伝統的にみて、彼らは常にともにワークしてきたのだ。

わたしの言葉が真実だとしたら、それはわたしが仏陀や、マハヴィーラや、
クリシュナや、キリストたちの支援を受けているからだ。

わたしの言葉が真実なら、彼らの言葉がわたし自身だけのものではなく、
過去にその言葉を使った人々全員の力強さでもあるのだ。
(『ディヤン・スートラ-瞑想の道-』p.96〜p.97より)




そして、今やOSHOも五井先生も、肉体を脱ぎ捨てて、高次の
より精妙な波動圏から私たちをサポートしてくれているわけです。

ですから、地球人類がアセンションするということは、こうし
た頭(マインド)の中で起きている何らかの信念やマスターとエ
ゴとの同一化からの自由性にもとづき、意識が拡大してゆく結
果として、必然的に宗教間対立(宗教観と同一化したマインドの
集合意識)が消えるということでもあるといえると思います。



こうした離れ業をやってのけるシャンタンは、僕には新鮮に映
ったわけですが、彼にとっては別に当たり前の自然なことだっ
たことでしょう。そこが満州で生まれた彼のスケールの大きさ
であり、これからの地球平和になくてはならないタイプの人類
の大事な要素といえましょう。

そして、大きく見れば、まったく同じ、地球平和の完成のため
に来ている、また細かく見れば、それぞれに異なる個性やお役
目をもったマスター達は、それぞれの持ち味、異なる光線を発
揮して、共同ワークを展開させることになります。

これだけでも、すごいことではないでしょうか。そして、こう
いう創造的ともいえる融合が起きるかどうかは、私たちの意識
がどれだけニュートラルで、すべてを包み込んで拡大できるか、
この肉体が上のほうから使いやすい器となれるかにかかってい
るといえます。

それが今回、起きたのです。そして、それが可能だったのは、
もちろん、シャンタンとシエルさんという二つの魂の出会い
があってのことでした。

シャンタンから伝えられた話によると、13日は、ひたすら浄化
のステージで、媒体のお役目であるシエルさんの体を通して五
井先生から高次元宇宙の光が送られ続けたということです。

この五井先生のお働きがなかったら、大変なことになっていた
はずと、シエルさんは話していました。五井先生はいわば川の
上流の清らかな、宇宙神とつながった光のエネルギーを流す役
目だったとのことです。



15日には、13日以上に全面的にOSHOからのメッセージがシエル
さんを通して降りました。

それは、つぎのようなものです。

まずは、「ハラの中にあるものを出しなさい」

この指示を受けたシャンタンのリードで、ジベリッシュ(意味
のない言葉を発声しながら、頭や手や体をシェイクさせる)に
始まり、動物のように四つん這いになってうなだれるように頭
をぶらぶらに下げ、そこにたまったエネルギーを解放してやり
ながら、おなかにたまったネガティブな感情を思いっきり放出
して空っぽになるくらいまでに叫び続けました。

これはダイナミック瞑想の第二ステージですが、ダイナミック
をやろうとして行ったのではなく、自然発生的に起こったとい
う点が重要だとシャンタンはいいます。

参加者の誰もがまったく予期もしないタイミングで、しかもチ
ャネリング能力をもつシエルさんを使ってOSHOによる指導が入
り、カオス(混沌)の中に参加者全員が投げ込まれたということです。

マインドは常に頭脳を優位に置き、カラダの声を無視し、感情
を抑圧します。そのマインドがコントロールを手放さざるをえ
ない状況が準備されたともいえます。

これこそが存在にゆだねるということです。

そこには、指導する人がいません。指導される人もいません。

あるのは、一人ひとりの参加者の内なる可能性、潜在性への
信頼だけです。


さらに、OSHOから来たメッセージは、「喜びなさい。自由になり
なさい」というものでした。

「真面目にやり過ぎることで悟りに最も遠くなってしまう」とい
うメッセージをシエルさんが伝えると、あたりに笑いのさざめき
が広がりました。
それは午後の陽射しが水面にキラキラと反射するような感じで、
浄化のプロセスで自らの内なるネガティビティと向きあうことで
ともすれば深刻になりがちなその場の張りつめた空気を和らげ、
楽にしてくれるものです。

そこで、シャンタンがみんなに呼びかけたのは、畳の大広間を歩
き回ってください、それから自在に駆け回ってくださいというも
のでした。

空気をかき混ぜ、空間のオーラを壊してゆくことで、ひろびろと
した大海原を泳ぐ魚のように、果てしなき大空を飛翔する鳥のよ
うに、私たちのカラダが自由になれるんだという感覚を呼び覚ま
されてゆきました。

めちゃくちゃに走り回り、人とぶつかりそうになりながら、カラ
ダは習慣的でメカニカルな動きから放り出され、危険はカラダの
細胞がより注意深く醒めてあることへと誘います。



参加者は子供のように生き生きとしてきて、頭から思考が去り、
ハートに降りてきて、顔の表情が笑いや喜びに満たされてゆきます。

そこで、「さあ、踊りましょう」というシャンタンの声とともに
音楽が流れ始めます。

丹田からハートへ。そして、ハートから手へ。木でいえば根っこ
のような足からカラダに入った大地のエネルギーが幹を昇ってゆ
き、枝葉から空へと抜けてゆく感じです。

さんざん踊ったあとで、そのまま畳の上に身を投げ出して、静止
したカラダに意識をおいて、台風の吹きまくったあとのまだ荒い
呼吸がしだいに静まってゆくのを見守り続けていました。

ダイナミック瞑想がそうであるように、たいていの動きのある瞑
想では、踊って、横たわって、それで終わりを迎えるのですが、
今回はそれで終りませんでした。



つぎの瞬間、シエルさんに降りてきたメッセージは、こういうも
のでした。

「今です。丹田に入れるときは。今はみんなのマインドが静かに
なり、止まっている。丹田に入る、今がそのときだ」

そして、「覚醒に導きなさい」というメッセージ。これはカルキ
ヴァガバンからのものであると、シャンタンが語っていたと記憶
しています。(夜が明けたら、このへんをもう一度、確認します)

カルキヴァガバンからのメッセージという記述は、OSHOからのメ
ッセージの誤りでした。シャンタン、コメント欄での訂正をあり
がとうございました。

と思いきや( ^ω^)・・・また、新たな情報が・・・(´・ω・`)

シエルさんのコメントによると、OSHOとはまた別に、ワークに入る前に
カルキヴァガバンからのメッセージが来ていたということでしょうか。
(下のコメント欄をご参照のこと)そして、「目覚めを呼び起こしなさい」
にたいして、終了後に「目覚めたね」とは、シュゴイでちゅねヽ〔゚Д゚〕


20121015繧・k繧・k迸第Φ繝サ闡牙アア+(7)_convert_20121116184429




それから、隣りの人と肩がくっつきあうほどの小さな輪をつくり、
手をつないで座りました。

吸う息と吐く息。そして、それらを往ったり来たりする間の、吸う
でも吐くでもないはざま(狭間)にしばし留まるようにと、シャンタ
ンが指示しました。

そして、眠りと覚醒のはざまが大事であるように、このはざまに悟
りがあるということが伝えられました。

せわしなく、激しく動いてから、横たわるだけで終わるなら、世間
に戻り、また日常生活に戻るなら、瞑想性を失うことなくキープす
るのは難しい。そうならないように、マインドやハートのエネルギー
も意識も丹田まで届かせ、そこにくつろぐ。

マインドが静まっているために、このインターバル(間隙)を意識
し、見守りやすくなっていることからも、先ほどの「今が丹田に
入るときだ」というメッセージが絶妙のタイミングであるという
ことがうかがえます。

シャンタンの話によれば、ゆるゆる瞑想をリードするようになっ
て以来、数ある経験の中でも、今回の経験は、「学び」をもたら
してくれたという意味でも画期的だったそうです。

森戸神社下の磯 圧縮サイズ


そして、繰り返しになりますが、そのようなギフトを受け取れた
のは、シャンタンとシエルさんとのコラボレーションが実現した
ことによります。


それは長年の瞑想体験で培われたシャンタンの覚醒の光と炎だけ
でもできないことですし、地球の次元上昇(アセンション)をサポ
ートしてくれる高次の存在からのメッセージを受け取れるだけの
空っぽの器となっているシエルさん一人だけでも実現しなかった
ことでしょう。


これを第三者の視点で観ていると、そこから未来の文明が立ち現
れてきます。誰もが必要とされ、それぞれのお役目と働きがある。
それを発揮してみんなで協力してゆく。

シャンタンがいうところのかつての一万年も平和が続いた縄文の
世を未来に現してゆくとはどういうことか。

たとえば、……これは私のイメージですが、弥生人は農耕生活に
ともない備蓄や計画、水利権をめぐっての争いが生じてきやすい
条件で暮らしているのにたいし、縄文人は狩猟採集生活で、自然
の恵みにたいする感謝と祈りは、より深くて、インスピレーショ
ンに助けられて生きている……。

自己の奥深くにある完全なる宇宙にくつろぐことで、過去に引き
戻される苦しみもなく、将来への期待も不安もなく、喜びをもっ
て人々が互いに今ここで出会い、同時に地球もその一つであるに
すぎない広大無辺の宇宙とつながることで、安らぎと平和に満た
されている……。

森山神社 圧縮サイズ


ワークを終えて、三日目を迎えますが、昨日、おとといと、電話
でシャンタンから声の出方がまったく以前とはまったく変わって
しまったと驚かれました。他の人に訊くと、やはりそう感じると
のことです。
自分でも、声が大きくなり、腹の底から太い声が出ていると、
はっきりと感じられます。

あのときに「丹田が開いた」というメッセージがシエルさんに降
りましたが、そのことを実感しています。

それから、輪になって座った参加者が円周から中心に向かって集
まり、葉山の地に光の柱を建てました。

ということは、この地に光のフィールドができてくることです。

そして、足の裏から光の根が生えているとイメージすることもや
りました。歩くとそこに光がもたらされ、地を浄めることになり
ます。

そして、どうやら準備がすでに整い、つぎのものがこの地にもた
らされそうです。

インヤンダンスに参加して

 江ノ島(かながわ女性センター)で開催されたインヤンダンスに参加したのは5月下旬。もう1ヵ月以上にもなる。

 何よりも心に刻まれている印象。それは、その場にみちている特別な雰囲気だった。エナジーといってもいいし、波動といってもいい。

 それは、そこに参加する人をケアし、サポートすることにあらかじめ意識がおかれ、そのようにデザインされ、ととのえられ、調整された場に特有のエナジーであるといえよう。

 正面の壁に掛けられた、チベットを思わせる風景を模したネイティブなタペストリー、ワークショップの広いスペースと更衣室の出入口とを仕切る、しゃれた装飾をあしらったのれんといったものにも、主催者の場づくりにたいする愛が感じられたし、スポットライトを多用した柔らかで適度な光量の間接照明は、参加者が自分の内側に入りやすいスペースを与えてくれ効果をもたらした。

 お陰で時間も忘れるほどに終始集中し、安心して取り組むことができた。

 もちろん、場のエナジーを生みだしているのは、そうした目に見える環境の工夫や趣向ばかりではなかったろう。
ワークショップをリードし、ファシリテートしてくれたタバーン&リーナの放つラブリーでフレンドリーな雰囲気が、その場にいる僕たちの呼吸を楽にしてくれ、くつろぎや笑いといったものが自然と起こりやすくもしてくれていた。

 バランスよく構成されたプログラムは全体と部分を巧みに連関させてあり、終りまで興味を持続させつつトータルに参加できたのも、彼らの瞑想性と豊かな経験に負うところが大きいのではないか。

 タバーンによるガイド瞑想では、ゆったりとしたリズムの耳に心地よい声の響きもよかったし、夢や先住民の文化にまつわるシャーマニックな知識や情報も交えての明快なトークからは、沖縄に生まれ育ち暮らしてきた彼がいかにそうした先達の叡智をリスペクトをもって受け継いできた人であるか、そのバックボーンに触れた気もした。

 ワークショップの中での学びは、僕の場合にはマインドには何ひとつ痕跡を残していない。それでも敢えて追憶の糸を手繰り寄せるなら、ペアワークでパートナーと向き合って動きを合わせながら互いに離れてゆき、そしてまた再び近づいてゆくということを繰り返すあいだじゅう、つながりの感覚だけをキープし続けるということを体験したのが、まさに合氣道そのものだと感じたということがある。

 それは、このワークのタイトル中のインヤンつまり陰と陽との和合という本質的なテーマに関わる。日常においても、物の受け渡しの際や会話の際にも息を合わせる、アイコンタクトするというシーンに出会う。別れる瞬間でも遠く離れるにしたがい相手の姿が小さくなって終いには消えてしまうまで手を振っているといったことは起きる。
 出入、与えることと受け取ること、陰陽のバランス、吸う息吐く息のリズム。言霊の基本には陰陽の與み搦むところに万象の生成がある。それがダンスを通して体得できる。そして或る時、それを忘れてしまっている。会話の行き違いからぎくしゃくした関係性まで。

 私達現代人は、あまりにも頭にエナジーが行くことで、調和の感覚から切り離されてしまったのだ。インヤンダンスのムーヴメントに身をゆだねるうちにいつしかそれを取り戻させてくれる。そこでの場のエナジー、波動、共鳴磁場といったものが、日常の生活の中でキープできれば、それが一番ではある。が、たいていの人にとってそれも難しいかもしれない。

 おそらくはカラダを通じて細胞が経験したことが、いつかふとした瞬間によみがえるにちがいない。

 そうしたことよりもむしろ、のびのびとカラダを動かし、部屋じゅうに広がるエナジーの竜巻とひとつになり、お昼のお弁当時には潮風と太陽の光を心地よく肌に受けながら屋外の海浜植物と対話し、ブレイクタイムと夕食時に参加者のラジーバやナイーナも交えて楽しい語らいのひとときを過ごすなかで充実した時間を楽しみ、最後はハート一杯のハグで皆と別れる体験を通じて受け取ったグッドバイブレーションの豊かな味わい自体が、今回の思いがけない大きなギフトだったように思える。

 参加できてほんとうによかった。主催者のお二人、そして参加者の方々に心よりありがとう。

「初詣の 願いを 祈りに」 講演会のご案内

コズミック・ダイアリー(「マヤの叡智」)の著書でも知られる、環境意識コミュニケーション研究所代表の柳瀬 宏秀さんは、東日本大震災のあと「祈りのくにづくり」を呼びかける、チャリティ講演会やコンサートを行い、2011年秋分の日に村上和雄さんと講演、10月23日に喜多郎さんと対談、そして11月12日には、神社本庁総長講演会「祈りの くにづくり」(大田区民ホールアプリコにて)を主催しました。
そのおりに、伊勢神宮を中心とする日本の八万の神宮・神社を包括する神社本庁の総長をなさっている田中恆清 石清水八幡宮宮司が、「神のご意志のままに」を意味する、日本古来の随神(かんながら)の道に触れながら、日本の建て直し(祈りのくにづくり) を語られたということです。なお、柳瀬さんはこれまでの富士聖地における世界平和交響曲(SOPP)にも来賓で参加されていらっしゃいます。  

これらを紹介した柳瀬さんのブログから、以下に大切なメッセージを引用させていただきます。

この日の集いから、生まれた魂の気づきが、

2012年の初詣、2013年の初詣を、9000万人の「祈り」のセレモニーに変え、

地球に根本的な変革をもたらすかもしれない。


「自分のための願いごとから、地球のための「祈り」に、

そのクオリティーが変質したなら、人類史上かってなかった地球レベルでの交信が日本から生まれる」かもしれない。

そして、それは、心を合わせてくださる一人ひとりの魂が、生み出すものだと思います。


さて、上記のブログより、こんどはこれから行われるイベントのご案内となります。

http://inori-no-kuni.com/

「祈りのくにづくり」講演会
初詣の 願いを 祈りに
日時:2011年12月28日(水)14時30分開場 15時開演 20時30分閉演 
場所:めぐろパーシモンホール大ホール
  (東急東横線 都立大学駅より徒歩7分)目黒区八雲1−1−1
   めぐろ区民キャンパス内
会費 : 当日4000円 前売り3500円


夏に行われた三浦半島の活断層による地震を最小限に防ぐ次元上昇の印を降ろす神社めぐりで中心的な役割を果たしてくださった中澤英雄さんが、このイベントで講演をなさいます。長年の祈りによる世界平和運動の経験にもとづく深いお話が聴けると思います。

『Cold fusion 太陽がくれた知恵-常温核融合の言霊的解明』サヨナラ原発 第9回

常温核融合の本当の姿を光で照らす〝ひふみよ〟後篇


前回はひふみ祝詞などに見られる数を表す言霊のお話とともに、常温核融合現象を
説明するモデルとして、「凝集系科学」のTSC理論にこの数霊(かずたま)、言霊(こ
とたま)のほうから光をあて、数に潜む言霊の真実が、常温核融合が来(きた)るべき
霊文明(物質文明のあとに来る)に対応する科学の一つとなるだろうことを裏づけて
いるのだということの一歩手前までのお話をしました。

そして、その完全なる理解は、ヒフミのつぎに来るヨの言霊の解明に俟たなくては
ならないといいました。しかし、じつはヨは、それのみ独立しているのではもちろ
んなく、そのつぎに来るイ、すなわち五(イツ)という数によって、その重要性がは
っきりとわかってくるのであります。

この五というのは、じつはこれまでのすべての資源は有限であるという認識とそれ
とセットになった恐怖の感情や競争や独占欲などの欲望に基づく物質文明を人類意
識が超越してゆくための非常に重要なカギとなる数でもあるのです。

私の直観では、ヒフミのヒは、核物理学の原子の世界ではおそらく陽子に対応しています。

ヒは、言霊の世界では、宇宙創世の原初にあって、すべてがそこから生成してくる一なる存在です。

ヒは火でもあるし、霊でもあります。

昔から、日本は日ノ本の国といわれています。

その深い意味は霊の本(元)の国だということです。
神道で、直霊(ちょくれい)というと、直毘(なおび)のことですが、
これにたいし、神から分かれた命である私たち人間に宿っている
霊ないし人間自体が分霊(ぶんれい、わけみたま)といわれる存在です。

ところで、ヒを図示すると、ちょうど筆で○を描いて、
その真ん中にチョンと墨を置くと中心点が描けますが、
この中心点がヒに当たります。

そして、このときヒを取り囲む○は、水です。

ところが、じつは時系列的にいうと、はじめにホの言霊があるのです。

それで、上に述べた○で囲まれた中心の一点を「ホチ」といって、
ho-chiという音を最初の子音と最後の母音の間を抜き取ってつなぎあわせると、
h-iつまりhi(ヒ)と短く約(つづ)めることができます。

これはホチとヒとは見かけは異なる詞(ことば)ですが、
本質上は同じ言霊であるということを意味しています。

こうやって言葉の本質を知る方法を、
「言霊反之法則」(ことだまかえしののりと読みます)と呼びます。

そうすると、ヒという言霊は、火であり、日であると同時に、
宇宙創世の原初の一なる存在でもあることがわかります。

太陽があれだけ輝き、熱を放射し続けているのは、その中心で
起きている絶えざる核融合の活動によります。そのお蔭で地球
に夜と昼があり、大地の恵みをはじめとしてさまざまな恵みが
がもたらされ、地球上の生命体の生命と環境が保てているのです。

その核融合とは、最初は一つでしかない陽子をもつ水素原子が
やがて陽子同士が結びつく核融合によってヘリウム原子という
物質へと核変換するとき、膨大な光と熱のエネルギーを放つも
のです。ヘリウム(He)はさらにまた別の物質へと核融合し、星
の年齢とともに、その物質の数は増してゆきます。

したがって、原子核をなす陽子と陽子が融合するというのは、生命
活動のいちばん源の営みであるわけです。

だから、数を数えるとき、まずヒといって、つぎにフというので
すが、このフは一なるものがヘの言霊によって膨張して、はちきれ
て吹き出し、そこに二つのものが生じるという法則を表します。

そこでさらにミというのは、水が生じるということですが、このと
きは火と水に別れるといっても、もともとは火=ヒがありますから、
ここでは水=ミとだけいえばよいわけです。

あたかも火山が噴火するようなイメージです。

そのときに、日と月に別れます。日は火に、月は水に相当します。

こういうと、日と月、火と水は、真っ二つに別れ、相対立する関係
に思われるかもしれません。

でも、それは必ずしも対立した関係ではありません。

すでに最初に水を表す○の中に火があったのを思い出してください。


もし、陽子を火、その周りを回る電子を水とするなら、この両者に
よって原子を構成するためには、それぞれお互いを必要とする相補
的な関係にあるといえましょう。

ところで、太陽の内部では超高温・高圧のために水素原子の状態で
はいられなくなる、というのも、電子が離れてしまうからです。

そこでは、陽子がその周りを回る電子と別に単独で存在するいわゆる
プラズマ状態となっていて、そこから陽子と陽子が融合はするけれど
も、片方の陽子がニュートリノと陽電子を出してすぐに中性子に変わ
ります。

もし、ここでそのまま陽子が二個となれば、水素はヘリウムへと核変換
したことになりますが、実際には核融合はヘリウム4をつくりだします。

それは中性子二個を含み、陽子二個と中性子二個を足した質量数が4の
物質です。

中性子は電気的に中性ですが、原子核を構成する核子として、陽子と
ともに重要な役割を果たしています。

陽子はその物質が何であるのかを決め、陽子の数がそのまま原子番号に
なります。一方、中性子と陽子を足した数がその物質の質量数(核子数)
となります。

同じ陽子(原子)数でも、中性子の数が異なれば、同位体元素となります。

そして、陽子は中性子と核力で結びつけられています。

そうすると、中性子が果たす役割は無視できないものになります。

私はこの中性子こそが、陽子の火にたいする水の役割を果たしている
のではないかと考えています。

つまり、ヒフミのミに相当するのが中性子ということです。

そして、このミのつぎに来るヨは、「與」という漢字を借りてきます
が、「くむ」という法則をもっています。火と水がくむということで
すが、核融合では陽子と中性子がお互いにくむことだろうと思います。

しかし、それだけではなくて、陽子と中性子からなる重陽子が二組く
むことで、陽子と中性子それぞれ二個ずつからなるヘリウム4ができ
ることを、このヨ(四)が暗示しているのではないかと考えられます。

核融合の結果として、そのプロセスは異なっても、結局は太陽が行っ
ている核融合の場合も、常温核融合の場合も、ヘリウム4ができると
いう点だけは共通です。

太陽では、先にヘリウム3(陽子二個+中性子一個)ができていて、
これは先の重陽子に陽子が加わってできたものですが、このヘリウム
3が二つ出会うことにより、陽子二個が飛び出して、残りの陽子二個と
中性子二個が融合し、ヘリウム4となります。

一方、前に紹介した正四面体の各頂点に交互に重陽子と電子が並ぶプラ
トン対称性におけるTSC理論の4D核融合では、四個の重陽子が、それぞ
れ四個の電子が陽子同士の反発力を遮蔽して弱め、引き寄せられるよう
に立体の真ん中に凝集する四対の重陽子-電子が融合して複合核を生み
出しますが、この中間複合核が陽子数が4、質量数が8のベリリウム8と
いう物質です。

水素(H)がいきなりヘリウム(He)に核変換するのではなく、まずはベリリウム(Be)
となり、それからこれが二つに別れて、ヘリウム4が二つできます。

いずれにしても、もともと火と水(ヒとミ)であった二個の重陽子が互い
に融合してできたヘリウムという新たな物質の原子核には、二個ずつの
陽子と中性子があるという点では、やはり火と水(ヒとミ)がくみあわさ
っているのですが、ただヘリウムではその数が二倍になっているという
ことができます。

質量が太陽よりも大きくなってゆくと、そこではヘリウム4が三つ融合
して炭素(質量数が12)になり、そこにヘリウム4が融合すると、酸素(質
量数が18)をつくります。それは太陽の8倍くらいの重さの恒星で、内部
の温度は約一億℃といわれます。それよりも重くなると、7億℃以上にな
り、ネオン(20)やマグネシウム(24)ができます。

これらは、宇宙での存在度が多いとされているものです。とくに、マジッ
クナンバー(2,8,20,28,50,82,126,184)といわれる数を陽子ないし中性子が
もつヘリウム、酸素、炭素、ネオンなどは、恒星の核融合でつくられて星を
構成していますが、それらは非常に安定している、つまり、他の元素の原子
核に変化しにくいということです。

常温核融合現象では、その核変換で生まれる核種はその核種の安定性に比
例して量が多くなることが知られています。

そこで、太陽ではずっと水素からヘリウム、ヘリウムからまた炭素と酸素が
つくられ続けてきました。

実験では、再現性ということがとくに実用性を保証するものとしていちばん
大事な要素になってきます。上に述べたような安定性は、この再現性にもつ
ながるはずです。すなわち、常温核融合現象の起こる確率を最大限に高める
ということにもなります。

安定性というのは、他の原子核に核変換しない、つまり同じ物質であり続け
るということで、その結果、宇宙における物質全体に占める割合、
存在率が高くなります。

それと常温核融合の実験で検出された元素の検出回数の多さとが同じ核種
ということで、一致するのは興味深いことです。

実験において、クリーンなエネルギーであることが証明され、しかも投入した
よりもずっと大きなエネルギーが過剰熱として長時間出続けるかどうかという
のは、常温核融合技術の実用化ということにとっても、重要なことになります。

太陽の核融合ではガンマ線が出ますが、常温核融合では、ほとんど観測されません。
つまり、人体に有害な放射線はゼロです。

核分裂があれほど危険な放射線を出すのに比して、これはたいへんな相違です。
やはり、常温核融合が自然界の調和の法則にかなっていることを示していると
いってよいと思います。


さて、この調和を端的に象徴している言霊があります。
それこそが、言霊の「ヨ(與=与)」であり、数霊の「ヨ(四)」だと思うのです。

ヨという言霊は、天をつかさどるア行と地をつかさどるワ行のく(與)みあったヤ行
(人をつかさどる)にあり、天地がくんで調和するという法則や女男の契りという法
則をもち、夫婦の仲なども意味します。

安定性というのは、地球環境問題でよくいわれる持続可能性ということを想い起こ
させます。一方、常温核融合技術の実用化にとっては、核融合現象が起こり続け、
エネルギーが生まれ続けるという点が大切なことです。

そこで、数の言霊で五を表すイツあるいはイを見ると、出る息のイと入る息のイで
イイを約めてイ、そしてツは列なるという言霊であり、まさに安定性や持続可能性
に通じることに気づかされます。

イヘ(家)というのも、イは息、ヘは経ることで、人の氣(いき)を子々孫々に
伝えて、永世経る所という言霊です。家は人のみたま(御霊)の宮殿ともいいます。

そして、ヒフミと来たあと、ヨに続いてイツが来るのは、必然だと感じます。

つまり、水と火とがくんで生まれた調和の力が正しく息を行うように永世にわたり
列なり続いてゆくということです。

これまでの核分裂エネルギーから核融合エネルギーへ移行することは、
放射能の危険性や核廃棄物処理による環境破壊とまさに対極の道に進む
ことですが、そのためには人類意識のアセンション(次元上昇)が必須です。

その意識の切り替えとは、少数の国家や一部の人間だけが権力や富を独占しようと
する利己主義(エゴイズム)から、すべての国と万人が潤い、幸福と繁栄を手にする
共存共栄をめざす方向へと向かうものです。

エゴイズムは、原子力の平和利用という中身のない言葉が、米ソの東西両陣営の
軍事力強化をともなう勢力争いを背景に生まれたこと、原発マネーのばらまきに
よってしか原発の立地問題をクリアできなかったことに現れています。

そこには、やはりすべての資源は有限であって、自己や自国の存続のためには、
これらを死守しなくてはならないという恐れに満ちた人類の幻想があります。

リサイクルという思想がまだまだこの未発達な段階の思想であって、プルサーマル
という構想が不完全極まりない危険なものであるのも、このためです。

これではやはり天地自然の法則に反しているため、一(ヒ)、二(フ)、三(ミ)、
四(ヨ)、五(イ)…と子々孫々の代へと続いてゆく持続可能な文明には向かえ
ないわけです。

「常温核融合のもつ天命(ミッション)がいかなるものであるか」ということと、
「これからの文明における常温核融合の正当な位置づけを、なぜヨの言霊がな
しえるのか」というテーマで展開しますということを、前回の終わりで予告しました。

それについて、今回、「四(ヨ)、五(イ)」で少しでも理解いただけたら、幸いです。

次回は、六(ム)から十(トヲ)までの数霊、言霊の解説をします。

                                (つづく)
プロフィール

Author:粂 潤一(くめ じゅんいち)
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。