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整理の科学

昨年暮れから始めた整理を年が明けてもやっていました。

たしかに整理をすることで部屋が単に片付くだけではない
エネルギーレベル、波動レベルのクリアリングが起こり、
自分のことが見えてくると本にも書いてあったのですが、
それはちゃんと起こりました。

とくに大きな気づきがやってきたのが、1月2日のことで
す。なかなかエキサイティングでした。
物の整理だけじゃなく、編集技術にもあてはまるし、人生
万般にも通じそうであると直感したので、整理も中断して、
わかったことをメモし、それをまとめてみました。以下の
とおりです。

「整理の科学」なんて大仰な名前をつけてしまいましたけ
れど、別にたいしたことではありません。
誰しもがやっていることだと思います。ただ、意識的にで
きない自分がいたので、整理が苦手だったなといまさらの
ようにわかり、自分のためにまとめてみたまでです。

ひとつだけ先にいえば、整理というと、「捨てる」ことだ
と信じている人もいて、自分もその一人でしたし、『捨て
る!技術』という新書がベストセラーになったこともありま
す。
でも、これは違うのだとわかりました。では、どう違うのか。

整理の科学

01 整理の作業工程(ステップ1)

01-1 グループ化

同じ物同士を一箇所に集める

01-2 ラベリング

グループ名をつける

01-3 カテゴライズ  

グループごとに分類する

02 整理の作業工程(ステップ2)

02-1 収納先を決める

適当な移動先を確保する

02-2 収納スペースをつくる

物を捨てて空き領域を増やす

03 整理の作業工程(ステップ3)

03-1 グループごとに移動する

01-3で分類できた物たちを収納先に移す

03-2 収納先の相互調整

物の量に応じた収納スペースとなるようにする

03-3 部屋全体と各収納先のバランスチェック

全体を眺めて配置はこれでいいのかを点検

04 整理の阻害要因

04-1 分類を妨げる心理

・混沌とした中にいることへの安心感
・対象から遠ざかって全体を眺めわたす余裕のなさ
・同じ物、異なる物と、グループごとに分ける際に必要な
 カテゴライズ(分類し、ラベルを貼る)への尻ごみ、恐れ、苦手意識
・物事を決定することを先延ばししようとする傾向
・整理に意義を認められず、整理に費やす時間を惜しむ気持ち

04-2 収納先の確保を妨げる心理

・同じ風景を見ていることへの安定感
・違う風景になることへのイマジネーション不足
・収納先なんてつくれないというあきらめの感情を促す固定観念
・スペースを空けるなど「できない」「無理」という信じ込み
・必然的に捨てることになるから、捨てることへの恐怖に支配される
・捨てることにより、新たなスペースが確保できれば、そこに
 今、必要な新しい物が最新情報として入ってくるという楽観の不可
・クリアリングにより、その場が目に見えてキレイになるばかりか、
 エナジーの磁場そのものが、波動的に浄まることを精妙なレベル
 で感じ取る以前に、カウチポテトに代表される、消費戦略の虜とし
 て粗雑な波動圏の住人になり、精神の血管障害、メタボリック症候
 群になってしまっている

04-3 移動を妨げる心理

・分類は完了、収納先も確保済み、でも、移れないという正体不明の病
・疲労か健康を損ねていて、単に民族大移動を推進するエナジーが不足
・分類や収納先の選定に納得していない 


05 整理の阻害要因に対処する知恵

05-1 整理計画を視覚化してみる
 
・フローチャートのようにビジュアル化することで、達成意欲を高める
(上の図を参照のこと。自由にプリントアウトしてお使いください)

05-2 三工程をバランスよく行う

・分類ができても、収納先がないと、移動できないし、収納先を決めて
やっても、分類ができないと、移動できないという、相互補完の関係
をよく理解して、進行させてゆくこと

05-3 自分の外からのディスターバンスに対処する

・突然の頼まれ事や急用、電話、メール、インターネットや本、
雑誌などの誘惑が入ることにたいし意識的に備える

05-4 自分の内側からのレジスタンスに対処する

・じつは、05-3の阻害要因は、自分の内側にある抵抗の心理
(整理をしたくないという深層心理)の外側への反映(リフレ
クション)として起きてくることがある 

・あらゆる逃げ、言い訳などマインドのトリッキーな罠に注意を払う

05-5 物のもつエナジーを利用する

・同じものを集めることで、もし、それが「本当に今、必要なもの」だっ
たり、「好きなもの」だったりすれば、個々の物のグッドバイブレーション
が集積し、特定のバイブレーションを放つムラになる

・そのムラに魅力的でピッタリの村名をつけることで、さらに強力なバイ
ブレーションを放射し始め、早く自分たちにふさわしい地へと引っ越しで
きるように整理行為を全面的に応援してくれるようになる

・つまりは、言霊の力と物たちへの愛の注ぎようによって、物のもつ
エナジーが賦活され、物たちはその天命を完うできるので、持ち主と
のあいだに霊的に高めあえる関係を築けるようになる

・かくしてイミグラント(移住者)の民族大移動は始まるが、行き先の
アドレスが明確で納得できるものであるほど、この移動速度は加速化する

05-6 マイナス想念のエナジーをクリアしておく

・かつて整理を決意し、失敗した経験が、自信を奪うもとになっている
 ことがあるので、自信を回復する
・判断するのがイヤ、分類するのがイヤ、カテゴリーに名前をつけるのが
イヤ、捨てるのがイヤ、動かすのがイヤ、キレイになるのがイヤなど、あ
らゆる否定的な感情のエナジーが、集積し、挫折感や厄介なことから逃げ
たいという、ストッパーの働きになっていると、整理計画を頓挫させられ
るので、整理が完了したら、どんなによくなるのかを十分に時間をかけて、
イメージして、書き出し、マイナスのエナジーを肯定的な感情のエナジー
にすべて変えておく



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カテゴリー分けと名づけの重要性

(※のリンクは、mixiをやっている方のみ有効)

たとえば、有機栽培で育てられた農産物を
買い(あるいは自給し)、毎日の食生活にと
りいれている人には、「オーガニック」と
いう言葉は、なじみある言葉になっている。

でも、世の中の大部分の人には、さほど通
りの良い言葉ではないかもしれない。

仮に、オーガニックフードの情報を得て、
それを人に伝えたいと思ったなら、その手段
としては、ブログでもWebでも紙媒体でもい
いが、これを発信する際、どういうカテゴリ
ーにいれたらよいか。

引き続き、こうした興味関心を持ち続けた
い、そして、この手の情報をキャッチするた
めのアンテナをはり、発信基地となるカテゴ
リーを設けたいと思ったら、どんな名前がふ
さわしいだろうか。

できるだけ類似の情報が違和感なく収まる分類
枠、今後ずっとそれを使い続けられる名前とし
ては、どんなものがふさわしいかのかという問
題につきあたる。

通りのよさということなら、「スローライフ」
という言葉のほうがいいかもしれない。
キャンドルナイトなんかは、このカテゴリー
にいれられて違和感がないだろう。

イメージの包括性という点でも、優れている
感じもする。けれど、スローライフから派生して
いる(これは逆かも)「スローフード」というと、
必ずしも「オーガニックフード」を意味しない。

新しさという点では、どうだろう。

スローライフ。オーガニックライフ。

どちらも、甲乙つけがたい。どちらかというと、
オーガニックライフのほうが、具体的な物をあつ
かいやすい。スローライフは思想に近いかもしれ
ない。
オーガニックライフだったら、かっこつけずに
オーガニック生活としたい。生活感がある。

「ロハス」というのが、少し前に登場し、流行っ
たと思うが、こちらは経済効果の観点から、新しい
マーケットして期待されたものであるような気がす
る。
“LOHAS”は、ライフ・オブ・ハーモーニー・アンド
サステナビリティーつまり調和と持続可能性のある
生活みたいな意味の略称で、ぼくはあんまりピンと
こない。

「エコライフ」はどうか。ちょっと古い感じもする
けれど、わかりやすい。大衆意識にも浸透していそう。

「オルタナティブライフ」はどうか。

代替エネルギーから代替医療まで。ありとあらゆる
分野で「もうひとつの」選択肢、別の行き方みたいな
コンセプトが成り立つ。
これは、もともとは、「カウンターカルチャー」とい
う発想とカテゴリー名に由来するのではないか。

ある意味では、中身のことは何もいってない。

これまでの主流に代わり、新たに発見され、注目されて
きた方法や思想や生き方なら、どんなものでもオルタナ
ティブという形容詞が冠せられる。

地域通貨だって、そのひとつのはず。
サブカルもこれに近いかもしれない。
そこには、市民権を得ようとする蠢動みたいなのがある。

西洋医学にもとづく医療にたいし、代替医療、あるいは
補完代替医療というのがある。
これらも、必ずしも実体とは関係ない。見る人により、
変わってしまう。これは代替医療、いや、ちがう、「伝統
医療」と呼びたい・・・というふうに。

最近は、日本でも統合医療がさかんになってきた。

というか、まだまだ萌芽の状態であるが。

これだって、西洋と東洋、現代と伝統を足して、両方の
良いところをとりいれた医療という意味で、抽象的とい
えば、そうであるけれど、だいぶ言葉がその実体や内容
をカバーしてきているとは思う。

青森県の※六ヶ所村の核燃料再処理施設をめぐって環境
運動が日本各地で起こっているが、これは大メディア
ではほとんどまともに取り上げられない、しかも、た
いへん重大なニュースヴァリューをもった情報である。

これをどういうカテゴリーにいれればいいか。
原子力に替わる「代替エネルギー」として、※常温核融合
やフリーエネルギーがある。でも、こちらは、あ
くまでも未来ビジョンに関係し、今の地球や日本の低い
次元の現実を直視するためには、不適切だろう。

一昨年、葉山藝術祭で知った元原子力情報資料室の方の提唱
する※「ピースフルエナジー」などは、通りの面で、いま
ひとつ。だから、カテゴリーとして使用しにくい。

また、※昨年末に観た映画『大丈夫であるように』でCocoo
の伝えてくれた沖縄の普天間基地移設予定とジュゴンの
棲む海を守ろうという人たちの緊張した現状。
これと六ヶ所村のことは、非常に密接につながっていて、
「エネルギー問題」というくくりでは、分類できない。

せめて「環境」というカテゴリーに同居させてあげること
で、北の情報と南の情報は、それぞれのエリアの限局性を
超えて、ハートでひとつに結ばれることが可能になる。

いずれにしても、今、文明が行き詰まり、新たな文明への
過渡期である。それだけにまた、マスコミ自体が本来の役
割と責任を果たしていない以上、現実に根ざして一人一人
が自発的に外側の現実と内側の状態を見つめて感じ、考え、
自分の言葉を獲得してゆけるように支援する必要性を、メ
ディアに関わる仕事をしている身として感じている。

そのひとつとして、分類のしかた、カテゴリー分け、名づ
けについて今、考え、ここでシェアすることが自然に要請
されたような気がする。

名前というのは、不思議な力をもつ。
それはときに実体から遊離して独り歩きする。

名前はイメージをくくり、ラベルを貼るものである以上、
どんなイメージを抱くのかという個々人により異なる面
までは関知しない。

にもかかわらず、ネーミングやコンセプトの与える影響
はけっして軽んじられない。

また、どんな名前をつけようが、漁に出て行って魚を
とる、苗を植え、稲を刈り取る、患者を診て、手術を
施行する、セールスに出かけ、クロージングする、設
計にしたがい製造するという日々の営みが365日、営
まれている。

人々は名前を通じて、そのものを見て、語り、あまり
変わらないイメージを持ち続けてきた。それは刻々と
変化する海の表面や人の感情や気分ほどには、敏感で
も精妙でもない、きわめて牢固とした物体で、私たち
の習慣的思考のメカニズムを支配してきた。

そして、生活のための社会のシステムは巨大な歯車を
回し、生産し、経済性を維持するためとめようもなく
稼働してきた。

派遣切り、中小企業の相次ぐ倒産、日比谷公園にでき
た派遣村、天皇によるこの問題への異例の言及と、こ
れまでよりかかってきたもの、信じてきたものが一挙
に崩れ去りつつある今、自分はどこに立ち、何者であ
り、どんなカテゴリーにあてはまり、どのカテゴリー
で生命を投入してゆきたいのか、どのカテゴリーに収
まりたいのか、一人一人に今ほど問われているときは
ない。

(※のリンクは、mixiをやっている方のみ有効)

自分発のカテゴリーを生むために

整理に欠かせない分類もまた、最初からカテゴリーがあるわけでは
なく、自分でカテゴリーをつくらねばならない。
これがどうもおっくうな性分なのか、なかなかエネルギーがいるこ
とも手伝ってか、今日までまともにやりおおせられずに過ごしてき
てしまったといううらみがある。

これは、著述業を生業とする自分にとり、致命的なことではある。
書きたいことを仕事にしてゆくには、出来合いの枠にあてはめられる
のではなく、主体的に企画化してゆく必要があり、そのためには、日
頃から分類のためのオリジナルの箱をつくっておかねばならないから。

そういう心がけがないと、分類思考とでもいうべき営みは起動せず、
常に受身的にならざるをえない。

一方、容れものが用意されていれば、この分類思考がはたらきやすい。
それは、収納ケースから、メモ帳から、ブログから、記録媒体から、
ミニコミ、マスコミなどのメディアから、さまざまな形があると思う。

情報を受け取ったり、アイデアが湧いたりした場合、どこに収まるか
その結果が見えてこないと、それらをまとめたいというエネルギーは、
行き場を失ってしまう。

行き場を失ったエネルギーは、いわば〝アイデアの墓場〟にたまるしか
ない。これはアイデアに限らず、人間のあらゆる想念にあてはまる。

流してやることのできない行き場を失った想念エネルギーが、時を経て、
今日もその沈澱物から異臭を放ちメタンガスを発生している。

これが、暴動やテロや紛争をひき起こす種子となる。

だから、世界平和のためにも、これまでの操作された、おあてがいぶち
のカテゴリーに甘んずることなく、従来の既成概念にもとづく分類にと
らわれずに、自分発のエネルギーのとおりみち(通り径)をつくってあげ
よう。
閉塞した血管を再開通し、全身の各組織を栄養する血流を再び灌流させ
るように、想念のエナジーも創造的な形にまとまってゆくように、ガイドしてあげよう。

それにより、想いのエネルギーは、透きとおってゆき、そのミッションをまっとうできるだろう。

2009年のキーワード

「自分以外のものに興味がない」としたら、
これは、「自分の事のように懸命に他人
の状況や心に関われる」可能性を秘めて
いるということです。

 つまり、関心の自己集中というのは、必ず
しも利己的で閉鎖的なことではないというこ
とです。
 逆に、その真剣さと関わり方のトータルさ
が、他人のことや同時代の世界への眼差しへと、
責任ある親身なコミットに転ずることが可能か
もしれません。

 元旦の今日、目覚めた床の中で、昨年暮れ、
30日から読み始めたホメオパシーに関する良
書(※註1)を読んでいたら、そんなことを思っ
たわけです。

 何千種類もあるレメディーに関する知識を学ぶと
き、「これは私に関係がある/ない」
という狭い視点で捉えがちな面があるのではないか。

 でも、こういう態度は、結局は浅い自己理解しかも
たらさないでしょう。

 たしかに三千種類とか四千種類とかいわれるレメ
ディーの数だけ、異なるテーマやタイプをもつ人が
あるわけです。とすると、この数はまだまだ少ない
はずです。
 
 だけど、自分という人間がその中のたった一つに
該当し、その他は関係がないと考えるには無理がある
と思います。

 だって、私たちは今日まで生きてきて、いろんな
人や人の考えや人のつくった仕組みに影響されてい
るからです。もちろん、自分も誰かや何かに影響を
およぼしているわけですが。

 私たちは、いわば「被影響性の海」の中にいます。

「すべては一つ」という観点に立つなら、ある一部に
フォーカスして、それと自分を同定することでわかっ
たことにしてしまうのは、裾野を切り離すような視界
狭窄の態度だということになるでしょうからね。

 アストロジーなどでも、究めてゆく人というのは、自
分のことがある程度わかったということに満足せずに、
もっとその奥や、他の人間はどうかなどの広がりのレベ
ルまで調べてゆこうとする興味がキープできる人じゃな
いでしょうか。

 他を知れば知るほど、それだけ自分を知ることになる。

 そして、人間の本質や物事の本質への理解が深まって
ゆくことになる。

 なぜなら、“I am all.” “I am whole.”なので。

 さて、2009年はどんな年になるのでしょうか。
 世界には二つの相反する流れがあると思います。
 
 対テロ戦争に端を発する軍事強化路線。昨年暮れの
報道によると、中国が二隻の空母の建造に踏み切った
そうです。
 
 一方、力で征服し、一元的に管理しようとする勢力
をよそに、自らを充実させ、互いに手をつなぎつつ、
生命の根源に帰ってゆこうと新たなライフスタイルを
模索しようとする草の根の動き。

 十年ほど前に構想した雑誌名は“TSUNAGU”でした
が、今年のキーワードは、「つながり」ではないかと
思っています。

 人と人とが、単なる不安や集団でいることへの
安全の意識からではなく、創造的につながってゆくた
めには、それぞれの人が自分をよく見つめ、核(コア)
となるエナジーとしっかりつながる必要があるでしょう。

 この核は、言霊でいえば、種子を表す「タ」です。
 
 御霊(みたま)や魂を意味する「タマ」でもあります。

 タ行は、「水中の火」の言霊で、水の中に火が降る、
田んぼでいえば、稲が育つには、水だけでなく、籾(もみ)
が芽を出すのに火が必要になります。タは種子で、
一粒が万倍になり、胎内の火をつかさどるチの言霊で、
百千(ももち)に増えてゆきます。ツは連なり続く、渦巻
をなす言霊なのですが、何が連なるかというと、やはり
イキ(水火、息、気)なのですね。
人と人とがつながるということは、それぞれの息がつな
がり、調和して、それぞれがより大きな働きができるとい
うことです。

 人それぞれの内奥の種子こそは、そこから生命の爆発
が起き、つぎつぎと他の人々の最良の中心とつながって
何かを起こしてゆく起爆剤になるでしょう。

 そんなわけで、年頭にあたって、今朝、ふと思った
ことを展開して皆さんにシェアしてみました。

 今年もよろしくお願いします。

                        2009年 1月1日

(※註1)永松昌泰著『ホメオパシー入門』(春秋社)
プロフィール

粂 潤一(くめ じゅんいち)

Author:粂 潤一(くめ じゅんいち)
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