今日は七夕でした。梅雨の中休みとでもいうか、いいお天気に恵まれました。
言霊からいうと、タナハタ(七夕)とは、タは霊(たま)、ナは双(ならぶ)、ハは両(ふたつ)、
タは列(つらなる)という語となり、水と火がそれぞれ半々ずつで調和した状態です。
ハがふたつというのは、橋(両端がある)や箸(一対)、あるいは双葉とひらく葉などを思い浮かべていただけると少しはイメージできるのではないでしょうか。
水と火は陰と陽ですが、春から夏にかけて陽の氣が増して、陰の氣が潜まり、夏から秋にかけてはピークに至った陽の氣がふたたび衰え、陰の氣が増してくるといった循環の中で、ちょうど陰と陽とが釣り合い、調和したところが、七夕であるということです。
水火はイキ、火水はホシ、またカミでもあります。
そして、水が女、火が男で、水火は、メヲ(女男)でもあるのですが、天地の水火は、一年に一度くみあう(與合)ことになっていて、ホシアヒ(星合、火水合)として、女男一夜の契(ちぎり)にお祭が設けられています。
これが、七夕です。
ところで、7月7日は、旧暦では8月7日なんですね。
つまり、その日は旧七夕ということですが、ちょうど立秋にあたります。
どちらが本来の七夕であるかということになると、やはり旧暦のほうでしょう。
ということは、先に述べた言霊の理からすると、今の時季はまだ陰陽が完全に調和する手前で、いまだ火の氣が強くなってゆく途上であることになりませんか。
火と水のバランスがとれる旧暦の七夕を過ぎた頃から水の氣が増してきますが、ちょうどこの頃が海で土用波が立つ頃でしょう。
どうしても私たちは梅雨の明けやらぬ新暦の7月7日のほうを七夕とすることに慣れていますが、一年のイキ(水火)のめぐりからすると、旧暦の七夕にも大いに根拠があるような感じもしてきます。
さて、今夜は満月のはずですが、空は残念ながら曇っているようですね。
外に出て夜空を仰ぎ天の川を探すのを楽しみにしていた子供たちの心にどうか内なる星合いの光が瞬きますように。
言霊からいうと、タナハタ(七夕)とは、タは霊(たま)、ナは双(ならぶ)、ハは両(ふたつ)、
タは列(つらなる)という語となり、水と火がそれぞれ半々ずつで調和した状態です。
ハがふたつというのは、橋(両端がある)や箸(一対)、あるいは双葉とひらく葉などを思い浮かべていただけると少しはイメージできるのではないでしょうか。
水と火は陰と陽ですが、春から夏にかけて陽の氣が増して、陰の氣が潜まり、夏から秋にかけてはピークに至った陽の氣がふたたび衰え、陰の氣が増してくるといった循環の中で、ちょうど陰と陽とが釣り合い、調和したところが、七夕であるということです。
水火はイキ、火水はホシ、またカミでもあります。
そして、水が女、火が男で、水火は、メヲ(女男)でもあるのですが、天地の水火は、一年に一度くみあう(與合)ことになっていて、ホシアヒ(星合、火水合)として、女男一夜の契(ちぎり)にお祭が設けられています。
これが、七夕です。
ところで、7月7日は、旧暦では8月7日なんですね。
つまり、その日は旧七夕ということですが、ちょうど立秋にあたります。
どちらが本来の七夕であるかということになると、やはり旧暦のほうでしょう。
ということは、先に述べた言霊の理からすると、今の時季はまだ陰陽が完全に調和する手前で、いまだ火の氣が強くなってゆく途上であることになりませんか。
火と水のバランスがとれる旧暦の七夕を過ぎた頃から水の氣が増してきますが、ちょうどこの頃が海で土用波が立つ頃でしょう。
どうしても私たちは梅雨の明けやらぬ新暦の7月7日のほうを七夕とすることに慣れていますが、一年のイキ(水火)のめぐりからすると、旧暦の七夕にも大いに根拠があるような感じもしてきます。
さて、今夜は満月のはずですが、空は残念ながら曇っているようですね。
外に出て夜空を仰ぎ天の川を探すのを楽しみにしていた子供たちの心にどうか内なる星合いの光が瞬きますように。



