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言霊が教える天変地異との上手なつきあい方

今日は梅雨が明けたかと思われるほどの夏空が広がり、午前中から
猛暑に見舞われ、夕方には激しい雷雨がありました。
忙しさにかまけて、常温核融合の連載の更新からすっかり遠ざかっ
ているうちに早一ヵ月以上が過ぎてしまいました。

今回は、連載のほうはお休みということで、近日中に続きをアップ
することにし、五月十四日、専修大学で百人以上の学生さんを前に
講義したことがきっかけとなって、そこからまた思索し始めている
ことについて、お伝えすることにしましょう。

講義では大震災から約二ヶ月しかたっていない頃のことでもあり、
その話題に触れないわけにはまいりませんでした。それで震災に関
係した話をいきなり冒頭に持ってくることになりました。
といっても、亡くなった方々への哀悼の言葉とか、被災地の人々に
たいする励ましの言葉を述べたということではありません。

天皇皇后両陛下のお言葉が被災地の人々の心をどれだけ癒し、和ら
げたかということ。物資の支援もさることながら、全国からも海外
からもたくさんの励ましの声が被災地の人々に届いて、勇気づけた
ということ。
これらの体験から学んだのは、近代以降、今日まで物質や科学の力
に信頼をおいてきた人間が自己過信を反省する機会にもなったと同
時に、精神と言葉の秘める力が極限状況において頼るべきものとし
て、あらためて意識の表面にのぼってきて、その価値を見直すこと
にもなったということではないかと思います。

すると、「そうか。こういうときにこそ言霊の威力が発揮されると
いうことが言いたいんだな」と思われるかもしれません。しかし、
それだけではないのです。

このときの講義のタイトルは『言霊と日本人の自然観』であり、サ
ブタイトル(副題)は、「江戸時代の言霊学に学ぶ-氣の回りに従う生
き方-」
です。

じつは、言霊は大震災と関係があるのです。

といったら、驚かれることでしょう。大震災だけでなく、津波、異
常気象などを含むあらゆる天変地異と関係してきます。なぜなら、
天地の氣を反映しているのが言霊だからです。この関係は一方通行
ではなく、天地の氣と言霊を媒介している人の氣というものの乱れ
が、そのまま言霊の反映である天地の氣というものの乱れとなって
現れてくるからなのです。これは天災だけでなく、人災にまで範囲
を広げて適用できる原理です。

ただ、ここはもう少し詳しい説明を要するところです。

人の氣の乱れが、天地の氣の乱れをひき起こすというと、自然界が
人間に左右される、不完全な存在であるかのような誤解を招きます。
実際には、人間が天地の軌道(法則)から外れた分だけ、調整がなさ
れる、その自動調整システムが天変地異という現象となって現れる
だけです。したがって、自然界の側に先に動かぬ調和の原理があっ
て、人の氣(波動)の乱れ(不調和)に応じ、天地の氣(波動)がこれを
元の調和した状態に戻そうとして「波動調整」がなされるというの
が、天変地異の奥の深い摂理であるということになります。

(青字部分は9月3日に加筆しました)

山口志道という言霊学の大成者が生きた18世紀後半から19世紀前半
は、江戸時代の安定した幕藩体制が揺らぎ、その隙に乗じて、当時、
インドや中国を支配下におこうとするイギリスやオランダの魔手が
極東にまで伸びてきて、ロシアやアメリカなどの船が日本の沿岸に
出没するたびに国内は大騒ぎになり、幕府は異国船打払い令を出す
に到りました。そして、地震に火事に飢饉とつぎつぎと災いが打ち
続きます。さらに百姓一揆や打ちこわし、そして、鎖国の体制を守
り、外国と通じて、情報が入り込み、人々が思想的に外の影響にさ
らされるのを恐れる幕府による思想弾圧も激しさを増してゆきます。

そんな激動の時代にあって、山口志道が言霊学の完成にどれほど心
を砕いたことか。その背後には世の不調和を憂い嘆き、天地人が完
全に調和した世界を理想として心に想い描き、そんな世を創造する
のに指針となる「水火(イキ)」の法則の世界を示そうとする一人の
思想家の「まこと」の心があり、その根底には祈りがあったのでは
ないでしょうか。
そして、彼の思想と背景となる時代の関係も、偶然ではなく、必然
的なものがあったかと考えられます。

志道は、「イキ」という仮名に「水火」という漢字を借りてあてて
いますが、これは「イ」と「キ」とを、「水(陰)」と「火(陽)」と
に分けて考える必要性を最も重視していたからです。

もっと汎用性のある漢字が「氣」です。これを「水火」にたいする
二義的な用い方として、借りてきて「イキ」に当てたものと思われ
ます。単に「氣」といってしまうと、空気中に遍満しているプラー
ナ、あるいは古代ギリシアで自然哲学者がプネウマと名づけたよう
な生命力、あるいは元気の素のようなエネルギー源と等しいものと
いうふうに捉えられがちですが、これでは結果だけしか見ていない
ことになります。

一方、水と火が互いに作用しあい、調和することを因として、その
結果であるところの調和力が生じてくるというように、細かく見てゆ
くことで、自然界のしくみとか、宇宙のダイナミズムが明らかにな
ってこないでしょうか。

自然界の森羅万象を動かしているのは、「氣」だとしても、生きと
し生けるものたちに生命の息吹を与え、天地をめぐる氣を順調に運
行させ、人の心を穏やかにし、世の中に平和をもたらす働きは、あ
くまでも水と火との「調和力」によるということです。

つまり、天地の氣を引き出して、これを使えるかどうかは、もっぱ
ら天地の調和した水火と同調し、共振共鳴できるまでに、われわれ
人間の側の水火が調和していなくてはならないということなのです。
ここは、最も大切で、しかも理解するのもなかなか難しいところな
ので、後にもう一度、詳しく説明します。

そうすると、ただで宇宙からのパワーをもらおうというという考え
自体、いかに浅はかであるか、さもしい、ずるい考えであるかとい
うことが、ハッキリしてくるかと思います。

これがじつは福島第一原発の事故以降、急速に意識されてきたエネ
ルギー政策をこの先どうするのかという問題に関係してくるのです。


これまでは、エネルギーを電力会社からもらい、その代償にお金を
払うという思い込みがあったのです。でも、本当はエネルギーは自
然界から収奪するものでもなければ、独占価格での売電を通してし
か供給されないエネルギーにしがみくものでもありません。

天地の水火(氣)と人の水火(氣)は、もともと連続性があり、同じも
のでもあるのです。天地の氣の乱れは人の氣の乱れです。


その意味で、天変地異はすべてわれわれ人間の責任であるというこ
とになります。それと同様に、原発事故も東電や国だけの責任とい
うわけでもなく、すべての人間の責任ともいえます。

天地の氣と人の氣が本当に調和してくれば、人類は無尽蔵のエネル
ギーを受け取ることが可能になるでしょう。
宇宙はもともと無限のめぐりを本質としているはずだからです。

(青字部分は9月3日に加筆しました)

P1080396.jpg

山口志道は、「人間は小天地」であるといい、「日輪(太陽)の氣、日
々胎内を回りて、朝(あした)に此氣を稟(うけ)て眼覚め、夫(それ)より
時々刻々と其氣を稟」といっています。人間はミクロコスモスであり、
宇宙の縮図であるというわけです。朝起きて、太陽の氣をもらい、刻
々と変化するこの天地の氣をもらっている。それが水と火との配合の差、
つまり日の出から日の入りまで、火の氣が増えて水の氣が減り、火が
ピークに達すると、再び水が増え、火の氣は減り、夜中になって、水
がピークに達し、未明から日の出にかけ、じょじょに火の氣が萌してき
て、水の氣が減ってくるといった循環を繰り返しているのが、人間なの
だというのです。

「然して、夜八時の底刻に入り、天之御中主の本元の(○の中心に「、」
の図1)の中に帰りて眠る。此息の回るを、人間今日の命と云ふ」といっ
ています。八時というと、午前一時から午前三時のあいだで、「草木も
眠る丑みつ時」と昔はいったものです。水氣がピークに達し、地に満て
るとともに、火の氣はすっかり水の氣の背後に後退し、姿を隠します。
ここで、言霊の登場です。

アメノミナカヌシ
図1

「人間、此息の回りを以て、音(コヱ)を現す。天は氣(イキ)のみ有て
音なし。故に、人を以て言(イハ)しむ。人の言は天地の詞(コトバ)なり」
(『神風伯(かみかぜのいき)』より)



天だけなら、表現できないけれど、天地は、その氣を人がものを言う、
つまり言霊を発声するということを通じて、自らの詞を、人の言として
代弁させている。これが言霊の本質だとしたら、天地の氣(イキ)と人の
氣(イキ)が不即不離の関係にあり、二つでありながら一つ、一つであり
ながらまた二つであることになります。最初の話にもどって、天変地異
が起きるのも、天地の氣すなわち天地の水火(イキ)の不調和が、人の氣
すなわち人の水火(イキ)の調和していないことの反映として起きてくる
ためだとわかります。

P1080394.jpg

『神風の伯(かみかぜのいき)』と『水穂伝』水の巻に見られる「一日を
なす水火のめぐり」によれば、人は毎日、同じ時間帯に生命の故郷に帰
り、命をいただき直しています。昼と夜を通して氣(イキ)が回っている
ありさまを天地の命といいます。陰(水)の氣の底に完全に陽(火)の氣が
隠れ潜む八つ時(午前1-3時)になると、天地の氣(イキ)は命の故郷であ
る(図1)の中に帰り、一日を終えます。そして、再びその中から生命力
をチャージして、新たに一日が始まります。暁の七つ時(午前3-5時)と
もなれば、陽(火)の氣が現われてきます。宇宙の始まりからこの繰り返
しです。これが帰命無量寿と呼ばれ、人も自然の一部であるから、死ん
でも死なない、永遠の命と一つの存在であるという考え方につながってき
ます。大昔から日本人の意識の根底にはこんな時間観、自然観が流れて
いるのではないでしょうか。

いったいどうしたら人は水火(氣)の調和が保てるか、調和力を発揮し、
天地も人もみんな平穏で平和であることができるのか。
ここがいちばん大切なところです。生き方の問題にもなってきます。

それを理解するにはまず、上に述べたような自然界の法則ともいうべき
ものを理解する必要があります。天地の氣がどのように運行し、回って
いて、人がそれとどのように関わっているのかという点を明らかにする
のことす。

これを示したのが、『神風伯(かみかぜのいき)』です。

言霊は天地と人とが完全に調和して生きるという学びを、いかにして
人間が実践し、卒業するのかを、教えているがゆえに、天変地異との
上手なつきあい方をも教えてくれているといえます。

もっといえば、天変地異は起こらなくてよいのです。というか、起して
はいけないのです。起こしてしまうのは、人間が天地と一体になってい
ない、天地のリズムと人のリズムが合っていないからなのです。
心身相関がわかっていないと、本当の健康は手に入らないように、天地
の氣と人の氣との相関性が理解されてこないと、天変地異のまったく
ない環境は実現してきません。
心身一如が人間の意識の精妙化と、波動の高まりにより可能となるよ
うに、天地人一体も人間の意識の大調和と進化により可能となるはず
です。

だから、「天変地異との上手なつきあい方」とは、何も天変地異を
避けられないものとあきらめ、もし起きたらと常に不安を覚えなが
ら、起きたときの対策を考えるというような消極的なものではあっ
てはならないのです。
それは発生しようとしている「天変地異」を未然に防ぐための「上手
なつきあい方」です。

もっとも、山口志道が、『神風伯(かみかぜのいき)』を著した時点
では、そうしたことが念頭におかれていたかどうかは不明です。
何よりもまず、この書は「長生きの秘訣」を教えたものでしたから。

しかし、私はこの書が、「天変地異との上手なつきあい方」を教えて
もいると思います。

大古(オホムカシ)は、人能く天道を守りて、息を天地と同(おなじう)す。無病にして命長し。
齢(よわい)を保つには、心を天心に任せて、更に私を為すべからず。



おまかせ。ゆだねる。全託。いずれも、古来、人間が頭脳をうるさく
駆けずり周っている思考や感情想念を、いったん大いなる存在に預け
てしまう、いわば小我を大我の中へと溶け込ませ、消してしまうため
の極意が、このような言葉によって表現されてきました。そして、精
神的な修行システムの中で、瞑想や祈りの形でそれらの実践法が提供
されてきました。

これについては、山口志道の言霊学のシンボルともいえる図にその
全託に到るための深い秘密が隠れている、私はそうした立場をとる
者です。山口志道の言霊学へのこの観点からのアプローチは類例が
ないかもしれません。

そこはまた、別の稿に譲りたいと思います。また、どうしても文章で
は伝えきれないために、近いうちに公開講座を開いてお伝えしたく思
います。

かつてない厳しい体験に見舞われて、日本はこれからどうやって復興を
遂げてゆくのかという難しい課題に直面しています。
しかも、その精神的支柱をどこに求めればよいかが、わかっているとも
思えません。

そういうときに、言霊学の示す水火の法則、天地人の氣が完全調和する
道を理解することが、少なからず助けとなってくれれば幸いに思います。


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粂 潤一(くめ じゅんいち)

Author:粂 潤一(くめ じゅんいち)
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