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クレナ井

夕暮れどきのあの空の色の微妙なことといったら、たとえようもありません。
夕空の色をたとえて茜色という言い方があるけれど、そういってしまうと、何か決まった一色に限定されてしまうようで、惜しい気がします。
むしろここで思い出すのは、クレナイという言霊です。正確にはクレナ井と書きます。
どうしてイと書かずに井と書くのか、というと、イはア行なのにたいし、ワ行に属するのが井だからです。もちろん、これは井戸の井です。
そうすると水に関係するとすぐにわかります。
井の言霊には五つの法則があって、その第一が蒼空です。蒼は青という漢字を借りてきてもいいのですが、志道はこちらを使っています。

柿の木1

井とは、じつは潮水のことなんですね。このシホミヅは、万物をからむといわれます。
あらゆるものに潮水がからむ。というのも、シホは水(シ)と火(ホ)であり、それら二つがくみあいからみあうことにより万物を生ずる、そのもとであるからです。
空にあっても水。これが井の言霊の本質です。空に水がある。空の井戸。
どうしてお空は青いのと、幼い日に疑問に思った記憶はありませんか。
私はこの話をはじめて知ったとき、なんとなくわかるような気がしました。
天のことをアといいます。これはアの言霊が天だからです。そして、ア井というと、空の水を意味します。空色でもあります。そこから藍色が連想されます。

柿

さて、だいぶ前置きが長くなりましたが、話をクレナ井にもどしましょう。
空の水は一日のあいだじゅう刻々とその色を変えてゆく。目の覚めるようなさえた青空もやがて日が傾くころには色あせ、浅黄色にうつろいゆく。
そして、日没が迫ると、赤みをましてくる。夕日に輝きて赤きを、クレナ井と云う。
原典にはそのように書いてあります。

くれない2

その名の言霊を解くと、ヒクレヌア井となり、ヒクレは日暮れ、ヌはとっぷりと日も暮れてしまったというニュアンスを表します。ア井は先にも述べたとおり、天の井、つまり空の水を表す言霊です。

ここでヌの言霊のはたらきについて説明しておきましょう。この言霊は水火の霊で、水が火の中に入りきり、水と火がくみ極まってその文(あや)目つまり輪郭や文様も分からぬほどの暗さをなすことにあります。
ヌは刻限でいえば夜の八つ時(午前二時前後)にあたります。
ただし、ここは日も落ちて、人の顔もさだかに見分けられなくなる、たそがれどきのことですが。

くれない1

クレナ井というのは、こうしたたそがれどきの、赤みをおびてグレーや墨や藍にも混じり複雑に染まった空の水の深い色のすべてを包み込む言霊とであると考えてみるとよいのではないでしょうか。
何色と一つに決められないほどにいろんな色が複雑に混じった複雑な色というのがありますね。何とも形容のできない、名づけようのないものにたいして、私たちは言葉を失い、沈黙するしかないのです。

でも、言霊は私たちのそうした心のとまどいやおののきをよそに、あの刻々とうつろいゆく微妙な色の奥にある波動の複雑微妙なひびきをそっくりそのまま認めている、というよりもむしろその豊かさそのものの源泉であるかの
ようです。
それは天の真名井と呼ばれる宇宙根源の生命の噴出し口でもあるでしょう。
言霊とは物の名を人間の肉体頭脳で案出するなどという営みなとはいっさい縁のないものです。

ちなみに、天子におかせられては、クレナ井という語はその色のうつろいやすさのゆえに、ヒクレヌア井の反し(ヒクレはヘに、ヌア井はニに約まる)である、ベニ(紅)は禁句であって、その代わりに緋と唱えたということです。
しかし、うつろいゆくことほど真実なものもないわけですね。そのなかで変わらぬものをしっかりと意識して生活したいものです。

くれない3
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